大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(う)1172号 判決 1969年7月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名に対して、いずれも刑を免除する。

理由

<前略>

第一、検察官の控訴趣意二(原判決は、法にいう「みだりに」の解釈適用を誤つている。)について。

一、所論にかんがみ、原判決文をみると、原判決は、まず、被告人両名が、糀谷駅の裏手路上において、同駅上りホーム外側のモルタル壁に、その管理者の承諾を得ないで、「三矢作戦反対、売国と反動の佐藤自民党内閣打倒、民青同盟」と印刷したビラ一枚を貼付した

という公訴事実は、本件の各証拠により証明十分であると前置きした上、本件ビラ貼り行為の動機、目的、手段、方法、態様、場所柄、法益衡量等、多岐にわたつて論じた上、結局、被告人らの本件ビラ貼り行為は、法にいう「みだりに」という構成要件には該当しないと結論し、無罪を言い渡していることが明らかである。

二、法にいう「みだりに」の解釈について。

(1) まず、軽犯罪法一条三三号前段の「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をした者」という場合の「みだりに」の解釈を検討する。

そもそも、軽犯罪法が、その取締の対象とする行為は、刑法等の刑罰法規に違反するような重大な法益を侵害する行為ではなく、日常の社会生活における、いわば最低限度の道徳律に違反するもの、すなわち、社会倫理的にみて、軽度の非難に値いし、違法性の程度の軽微なものを取り上げ、これらの行為に軽微な制裁を科することにより、社会の秩序を維持しようとするものである。軽犯罪法一条三三号前段の規定(以下、本件規定という。)も、この観点から理解すべきである。

本件規定にいう「みだりに」とは、管理者の承諾を得ることなく、かつ、社会通念上是認されるような理由もなくの意味に解するのが相当である。管理者の承諾を得ない、勝手なビラ貼り行為によつて、客観的に、工作物が汚損されるのは、普通であるし、管理者が、これにより、それ相当の迷惑感とか、美観が損われたと感ずることも、これまた通例である。この軽微な法益侵害を保護するのが、本件規定なのである。

(2) この「みだりに」の解釈は、承諾なきビラ貼り行為の目的動機が正当であるかどうか、手段方法が相当であるかどうかによつて、その結論が違つてくることは、原則としてないというべきである。

もしも、ビラ貼りの目的動機が正当であり、手段方法が相当であると考えるならば、その者は、管理者の承諾を得る労さえとるならば、それでことは片づくはずである。仮りに、管理者の承諾が得られない場合であれば、そのときには、管理者の承諾の得られる処を探しさえすれば、それで目的が達せられるはずである。

他人の迷惑にならないようにビラを貼ることを、法は要求しているからである。他人の迷惑を無視する態度は、そもそも民主主義の原則から許されないことである。そのようなビラ貼り行為は、表現の自由の権利の濫用というべきである。

三、本件の場合に対する法の適用について。

本件の場合、被告人らが本件ビラ貼り行為について、管理者である原判示駅長の許諾を得ていなかつたことは、証拠上明らかである。そして、当時の管理者としての駅長小島三郎は、原審および当審の証人として、

自分が、同駅々長時代の二年間に、当該場所にビラが貼られたことは、本件以外には、一度もない。普通は、有料広告掲示場に貼るべきであり、ここに貼ること自体がおかしい。たとえ、ここにビラを貼りたいという申請があつても許可しない

旨証言していることからいつて、駅当局が、無断のビラ貼りを黙認していたものでないことは明らかである。それとともに、本件ビラ貼り行為により、管理者である同駅長が、迷惑と感じ美観を損ねたとして不快感を感じたことも、また明らかなところというべきである。そうしてみると、自己の政治的主義主張発表のためとはいえ、他人の承諾も得ず、その迷惑・不快を顧みず、ビラを貼つた被告人らの本件行為が、社会通念上是認されるべき理由のある行為とは、とうてい認め得ない。被告人らは、「みだりにはり札をした」ものといわねばならない。それにもかかわらず、原判決が、被告人らの本件ビラ貼り行為は、法にいう「みだりに」の構成要件に該当しないと判示したのは、法令の解釈を誤り、その適用を誤つたものというべきである。

第二、同控訴趣意一(原判決は、本件ビラ貼り行為によつて生じた法益侵害の程度について、事実を誤認している。)について。

(1)  原判決は、本件ビラ貼りの場所に関して、

当裁判所の検証結果によれば、本件の現場は、糀谷駅上りホームの裏手にあたり、これに沿う通路一帯は、人にさくばくとした感を与えるばかりでなく、このホーム裏のモルタル壁は、本件ビラの貼付された箇所付近において、ガラス戸のあるべき窓が、板で塞さがれている状況と相まつて、何となく荒廃した情景を呈しており、当裁判所としては、この通路一帯についても、このモルタル壁自体についても、本件のようなビラ一枚の貼付により侵害せらるべき美観などというものを発見し得なかつたのである。

と判示している。

(2)  しかしながら、原審検証調書および当審の検証の結果ならびに司法警察員作成の実況見分調書を総合するならば、本件糀谷駅上りホーム裏側モルタル壁およびその付近の情況が、きれいな場所とは決していい得ないことは、原判示のとおりであるとしても、それは、糀谷という場所柄、また、駅舎裏という場所柄からくる問題であつて、当該場所の向い側には、商店が立ち並んでいることからいつても、原判示にいうように、「本件ビラ一枚の貼付によつて侵害せらるべき美観などというものを発見し得ない」ような場所とは、とうていいい得ないものと考える。本件場所が、本件ビラ貼り行為に対して保護される資格もないほどの場所であるとの、原判決の事実認定は、誤りであるといわねばならない。

第三、以上の結論

以上のとおり、原判決は、事実を誤認し、かつ、法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、破棄を免れない。論旨は理由がある。

第四、破棄自判

以上のとおり、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により、原判決を破棄した上、同法四〇〇条但書に従い、自判する。

一、罪となるべき事実

被告人両名は、共謀のうえ、昭和四〇年五月一六日午前一時ごろ、東京都大田区西糀谷四丁目一三番地一号京浜急行株式会社穴守線糀谷駅の裏手路上において、穴守稲荷駅々長小島三郎の管理にかかる糀谷駅上りホーム外側のモルタル壁に、管理者の承諾を得ないで、みだりに「三矢作戦反対、売国と反動の佐藤自民党内閣打倒、民青同盟」と印刷したビラ一枚を貼付したものである。

二、証拠の標目<略>

三、弁護人、被告人らの法律上の主張に対する判断。

(1) 「本件は、親告罪と認めるべきである。告訴がない以上、公訴棄却の判決がなされるべきである。」という主張について。

親告罪であるかどうかは、実体法規の明文の規定の有無によつて決すべきものと解するのが相当である。本件が親告罪でないことは、明文上明らかなところである。本件規定が、実質的には、毀棄罪の類型に属するものであるという所論指摘の点を考慮に入れても、やはり右の結論に違いは出て来ない。所論は、採用できない。

(2) 「本件検挙、起訴自体が、官憲のし意によるものであつて、思想表現の自由に対する弾圧であり、起訴自体が違法であるから、公訴棄却さるべきである」という主張について。

原審証人小野智博の証言等によれば、

小野智博、和田邦彦両巡査が、風俗営業の時間外取締のため、本件現場付近に来合せたとき、被告人らの本件ビラ貼り行為を現認した。被告人らは、両巡査の姿を認めて、その場を立ち去つたが、約四〇米位先きで両巡査に追いつかれ、職務質問を受け、任意同行を求められて、約三時間余り警察官の取調を受けるにいたつた。

被告人両角は、その際、本件と同じビラ一枚と憲法改悪反対のビラ四枚を所持しており、質問に対して、被告人青木(旧姓高橋)は大山徳三と、被告人両角は山川三男と、氏名を偽つて述べていた

ことが明らかである。つまり、本件検挙の端緒は、全く偶然の機会における犯行の現認によるものである。特定の政治団体、思想団体に対する政治活動、思想活動を弾圧しようとして検挙がなされ、起訴がなされたと疑うに足りる証拠は、全く見当らないのであるから、所論は、採用の限りでない。

(3) 「被告人らは、ビラ貼り行為の違法であることを認識していなかつたから、故意はない」との主張について。

しかし、被告人らが、本件モルタル壁にビラを無断で貼る行為そのものについて、その認識があつたことは、証拠上明白であるから、故意の存在することは、疑う余地のないところである。仮りに、所論のとおりの事情があつたとしても、そのために故意の存在が否定されるわけではない。所論は採用できない。

(4) 「被告人らの本件ビラ貼り行為には、違法性がない」との主張について。

しかし、被告人らが、本件ビラの内容の正当性を信じ、ビラによつて世人に訴えることの必要性を痛感していたとしても、このような行為の動機、目的の正当性の故をもつて、ただちに違法性がないものと解することはできない。また、思想、言論、表現の自由という、憲法上の重要な基本的人権の行使であると考えて、本件ビラ貼り行為がなされたとしても、本件は、ビラ貼り行為について、公共の福祉のため、必要にして合理的な制限を定めた軽犯罪法一条三三号に違反し、みだりに他人の工作物にはり札をしたものであるから、まさに表現の自由の権利の濫用であるというべきである。違法性がないとの主張は、採用できない。

(5) その他、弁護人、被告人らの法律上の主張をし細に検討しても、公訴棄却もしくは無罪に該る理由は全く見当らない。

四、法令の適用

被告人両名の各所為は、軽犯罪法一条三三号前段、刑法六〇条に該当するところ、被告人等の本件犯行後既に四年を経過しており、その間に被告人等は原審において無罪の判決を受けたものであること、本件ビラが貼付された場所は、私鉄の小さな駅のホーム外側モルタル壁で、その枚数も一枚にすぎないこと、その他諸般の情状を考慮するとき、当裁判所は、被告人等の所為が前記のとおり軽犯罪法に触れる犯罪行為であることを知らしめて爾後を戒心せしむれば足ると思料するので、各被告人に対して軽犯罪法二条を適用して、その刑を免除することとし、主文のとおり判決する。(江里口清雄 横地正義 唐松寛)

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